大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和49年(ネ)1380号 判決 1976年11月26日

原告(被控訴人)

釜本薫

右訴訟代理人

和島岩吉

外二名

被告(控訴人)

日本生命保険相互会社

右代表者

弘世現

右訴訟代理人

三宅一夫

外二名

主文

1  原判決中、被告敗訴の部分を取り消す。

2  右部分に関する原告の請求を棄却する。

3  訴訟費用は一、二審とも原告の負担とする。

事実

(原判決の主文)

1  被告は原告に対し、三〇〇万円と、これに対する昭和(以下略)四七年五月二四日から完済まで年五分の金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

(請求の趣旨)

1  被告は原告に対し、三〇〇万円と、これに対する四七年二月二三日から完済まで年六分の金員を支払え。

2  仮執行の宣言。

(不服の範囲)

原判決のうち被告敗訴部分。

(当事者の主張)

次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりである。(ただし、原判決三枚目表三行目から四行目の「九月二〇日」を「七月八日」に訂正し、同四枚目表一一行目の「ただし」から一二行目末尾までの記載を削除する。)

一、被告の主張

1  本件約款一二条一項は、契約日以後の疾病又は傷害(以下疾病又は傷害を、疾病等という。)による廃疾の場合に限り、廃疾給付金を支払うと定めているのであるから、原告の失明が契約日前の疾病によるものである以上、右約款所定の支払事由に該当しないことは明らかである。したがつて、被告には本件給付金を支払う義務はない。このことは、契約の当時、保険者が廃疾の原因たる疾病等を知つていたか、過失により知らなかつたかは問わないし、逆に保険契約者又は被保険者がその疾病等を知つていたか、過失によつて知らなかつたかどうかも問わないのである。

2  本件給付金については、商法ないし本件約款の告知義務に関する規定の適用ないし類推適用はない。したがつて、告知義務違反の解除権阻却事由に関連して、禁反言の原則を廃疾給付金に適用する余地もない。

二、原告の主張

本件給付金について告知義務制度が採用されていなくとも、そのことから直ちに廃疾給付金制度には一般に信義則ないし禁反言の原則を適用する余地がないと断定することはできない。

本件の場合、原告がベーチエツト症候群にかかつたことを告知しようとしたところ、被告の正職員である出原延子(以下出原という。)は、原告が保険に加入しなくなることを慮つて、あえて原告に右事実の不告知をすすめ、契約前の疾病による場合は廃疾給付金の給付が受けられないことを説明もしなかつた。さらに出原は、原告に対し強く不告知をすすめることによつて、保険医をして被告に不実の診査報告をさせ、また原告の告知書にもベーチエツト症候群の記載をさせないことにした。その結果、被告は原告が契約前に右の病気にかかつていることを知らずに、原告の保険契約の申込を承諾して保険証券を原告に交付した。一方、原告は、これによつて本件保険契約につき十全の利益を受けられるものと信じて保険料を支払い、被告はこれを収受してきた。原告は四六年九月に廃疾給付金の請求をして被告からその支払を拒絶されたとき、初めて本件約款一二条一項の説明を受けたのである。

右の事実関係からすると、被告は原告が契約前にベーチエツト症候群にかかつていたと主張することを禁反言せられると解すべきである。

(証拠)<略>

理由

一本件保険契約と原告の失明

(1)  四二年九月一三日、原被告間に、「名称・災害保障特約付の利益配当付特殊養老生命保険〔三九月払〕(暮しの保険)死亡保険金額・三〇〇万円、満期及び災害保険金額・一〇〇万円、被保険者・原告、保険金受取人・満期の場合は原告、死亡の場合は原告の妻ユキエ」の本件保険契約が締結されたこと、

(2)  右契約に関する本件約款一二条一項に、被保険者が契約日以後の疾病等により、両眼が完全かつ永久に失明したときは、被告が死亡保険金に相当する金額の廃疾給付金(本件給付金)を死亡保険金受取人に支払う旨規定されていること、

(3)  原告がベーチエツト症候群のため、四六年七月八日その両眼の視力を完全かつ永久に失つたこと、

以上の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二原告の疾病の時期

原告は、その失明が本件保険契約日以後の疾病によるから、被告は右約款により本件給付金の支払義務があると主張するが、原告は四一年一一月三〇日以前から両眼の視力減退と飛蚊症の自覚があり、四二年一月一八日ごろ岡山医大付属病院でベーチエツト症候群と診断されたのであるから、原告は右契約日前から、すでに失明の原因たる疾病にかかつていたものと認定するのが相当であつて、その理由の詳細は原判決の理由第二の記載と同一である。

そうであるなら、これに反する原告の右主張は採用することができない。

三禁反言の原則の適用の有無

原告は、その疾病が本件保険契約日以後のものでないとしても、被告は信義則上又は禁反言の原則によつて、本件給付金の支払義務を免れないと主張するので、以下この点について判断する。

1  本件保険契約成立に至るまでの経緯

<証拠>と弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(1)  被告の姫路支部の正職員である出原は、かねてから保険契約勧誘のため、原告の勤務先の日東木材株式会社に出入りしていた。原告は、四二年九月一二日同会社内で、出原から保険に加入するよう勧誘された。原告は、当時、眼が悪くても生命保険に加入することができると思つてはいたが、将来失明でもすれば職を失い保険料を支払うことができなくなる心配もあつたので、出原に対し、「自分は前に胃潰瘍で手術を受けたことがあるし、眼病を患つて半年も休んだことがあるので、加入することはできない。」と答えた。しかし出原は、「眼の方は現在見えるのだし、仕事もしているのだから、保険に加入するには支障はない。」と言い、さらに原告が、職種について「のこぎりを使う台車係である。」と言つたのに対しても、出原は「職名は危険でない運搬係ということにでもすればよい。」と答えて、加入をすすめた。

(2)  結局、原告は出原の勧誘に応じて保険に加入することになり、その日の勤務時間終了後、出原に案内されて同市内にある被告の嘱託医(長久鉄三)の診査を受けた。原告が同医師方の玄関を入るとき、「眼のことは医師に言わないといけないだろうね。」と質問したのに対し、出原は原告の上衣をひつぱりながら、「胃潰瘍は手術の跡が見えるから言つてもらいたいが、眼の方は言わないでよい。」と重ねて答えた。そこで原告は、同医師に対して胃潰瘍の病歴は告げたが、眼病については告げず、職種についても、前記会社で運搬などに従事していると述べた。

(3)  出原自身も、本件保険契約について被告に提出した取扱者の報告書(乙六号証の二)の「健康状態および障害の有無」の欄に、「胃潰瘍のうたがいで入院、手術したが胃潰瘍でなく胃も取らずに全快、三七、一一月入院、三八年八月退院後健康にて現会社に勤務、現在異常なし」と記入し、「契約者の職業」欄に「日東木材KK勤務、運搬及び雑務」と記入した。

(4)  原告は、出原から死亡保険金と傷害又は入院給付金の説明を受けただけで、廃疾給付金制度の説明を受けなかつたので、失明した場合に廃疾給付金が支給されることがあることを全く知らずに、本件保険契約を締結した。

以上の事実が認められる。前掲出原証言のうち、この認定に反する部分は信用することができない。

2  本件約款一二条の趣旨等

<証拠>によれば、本件約款一二条の制定趣旨、その意味・内容等について次のとおり認められる。

(1)  生命保険契約の被保険者が両眼失明等の廃疾状態になると、職を失つたり、治療費等を要したりして、経済的に困窮する場合が多い。ことに被保険者が同時に保険契約者のときは、保険料の支払も困難となり、保険契約が失効又は解約の事態に立ち至ることもある。このようなことから、被保険者が一定の廃疾状態になつた場合、生命保険契約に関連して、加入者に対し何らかの便宜を与えようとする考え方が生じた。

戦前には、被保険者が一定の廃疾状態になつた場合には、特約により、生命保険契約のその後の保険料の払込を免除する制度が、若干の保険会社によつて採用された。戦後は、二五年から、生命保険契約の一内容として廃疾給付の制度が採用されるようになり、三一年には、わが国の全生命保険会社がこの制度を採用するに至つた。その給付の内容は、当初は戦前同様、保険料の以後の支払を免除するものが多かつたが、しだいに死亡保険金と同額の金員を支払つて保険契約を終了させるものにかわつてきた。その方式も、「生命保険普通約款」の中に廃疾給付を一般的に定めた条項を設け、保険料も廃疾給付に対応する分を他と区別せず、当該生命保険契約の保険料を一本立てで定めるのが通常である。したがつて、保険加入者は他に特別の合意をすることを要せず、また特別の保険料の支払を要しないで、当然に廃疾給付を受けられることになる。

本件約款一二条の規定も、右と同様の理由により、被保険者が一定の廃疾状態になつた場合、保険者が死亡保険金と同一の金額を廃疾給付金として支払うことを定めたものである。

(2)  本件約款一二条のような廃疾給付条項を含む生命保険契約は、生命保険契約に廃疾を保険事故の一つとして加えるものであり、商法上の生命保険契約と、これとは別個の廃疾保険契約との混合したものと解することができる。ただし、本件約款の廃疾給付条項の対象となる廃疾は、きわめて限定されており、本件約款による契約全体の中で、廃疾保険がもつ比重は比較的小さく、副次的である。

(3)  前記のとおり、本件約款一二条一項は、廃疾給付金支払の対象となる廃疾を、契約日以後の疾病等に限定している。これは予定廃疾率の維持に関して、死亡保険金の場合と異なり、廃疾に至る危険のある疾病等を有する者について保険契約の締結を拒絶する方式をとらず、むしろ給付金の支払の対象となる廃疾の範囲を限定する方式を採用したことによる。すなわち、死亡保険金の場合は、予定死亡率の維持を図るために、生命の危険測定上重要な病気のある者については保険者が保険契約の締結を拒絶することができるし、これに関連して、保険契約者と被保険者は、危険測定上の重要事実について真実を告知する義務を負い(本件約款一七条)、悪意又は重大な過失による告知義務違反の場合は、保険者は契約を解除して保険金支払義務を免れることができる。これに対し、廃疾給付金の場合は、保険者は廃疾に至る危険のある疾病等を有する者についても、それが生命の危険測定に無関係である限り、仮にその疾病等の存在を知つていても、保険契約の締結を拒絶しない。なぜならば、もしこれを拒絶したら、これらの者は廃疾給付金の制度が採用される以前には生命保険契約を締結することができたはずであるのに、この制度が採用された結果として、生命保険契約の利用の道を全く閉ざされてしまうことになるからである。(廃疾給付金の制度は、本来生命保険契約の加入者の便宜をはかる趣旨で設けられたものであり、しかも廃疾給付は前記のように副次的であるのに、それがこのような形で生命保険契約を利用できる者の範囲を制限する結果になるのは、妥当を欠く。)したがつて、廃疾に至るおそれはあるが、生命の危険測定上は重要でない疾病等については、保険契約者と被保険者は告知義務を負わないし、保険者もまた、告知義務違反による解除を主張することができないのである。

3  以上認定してきたところによると、被告は本件保険契約締結当時に原告の眼の病歴を知つたとしても、それを原因として契約の締結を拒絶しなかつたであろうし、反面、原告も被告に対し、この病歴について商法又は約款による告知義務を負つていなかつたものということができる。(ベーチエツト症候群が原告の生命の危険測定上重要な病気であることを認めるに足る証拠はない。)

そうであるなら、出原が原告に対し、「眼の病歴があつても保険の加入には支障がない。」と答えたり、「保険医に眼の病歴を告げなくてもよい。」と言つたこと自体は、客観的に誤りではなく、不当なことでもない。したがつて、この点に関する出原の言動は信義則ないし禁反言の原則の適用の原因にはなりえない。

もつとも、保険募集事務を担当した出原が、職種について原告に虚偽の申述をさせたことは非難されなければならないし、また廃疾給付金の制度について説明をしなかつたことも相当ではないが、これらの点は、本件給付金の支払義務の存否を定めるについて全く関係のない事柄である。

要するに、前記1で認定した事実関係の下では、原告主張のような信義則ないし禁反言の原則を適用すべき余地はないし、他にこれらを適用すべき事情も認められない。

四結論

以上のとおり、被告は被保険者の原告が両眼の視力を失つたことにより本件給付金の支払義務を負うことにならないから、この義務の存在を前提とする原告の本訴請求は、その余の判断をするまでもなく失当である。

そうすると、本件控訴は理由があるから、原判決のうち被告敗訴部分を取り消し、この部分に関する原告の請求を棄却し、民訴法九六条八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(前田覚郎 藤野岩雄 中川敏男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例